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応援したい!移動カフェ カミーノ@楢葉町 [震災]

福島原発に最も近く場所で仮説営業している楢葉町仮設商業共同店舗「ここなら商店街」。
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共同店舗の「武ちゃん食堂」の前に、ポツンとクリーム色とオレンジ色の洒落た軽が停まっており何かと訪ねてみる。
ここに一生懸命、美味しい挽きたてのコーヒーを提供されている「移動カフェ カミーノ」があった。
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車の側面を見ると、Japan Barista Associationで認定証を取得された高野さんが週替わりでスペシャルコーヒーを提供するとのこと。
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早速、高野さんにお伺いする。
Q:「いつもここに来られているんですか?」
A:「不定期で」
Q:「どんなスペシャルコーヒーですか?」
A:「今週はこれら2つです」
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Q:「どんな味の特徴ですか?」
A:「右側のザンビアのコーヒーは、甘みと酸味が特徴です。」

ということで、このザンビアのコーヒーをお願いした。

狭い車内でゆっくりとお湯を注ぎながらコーヒーを出してくれる。
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Q:「いつもここでコーヒーを出されて大変ですね。」
高野さんははにかみながら、「好きでやってます。」と答えられた。

待つこと約2分くらい。
味わってみると、これが酸味の旨さかと感じられる美味しさ。
微かな甘みが残る。
あまり強烈な苦味が好きでない自分にとっては、何か凄く新鮮な味に思えた。

ちょっと会話しながら、周りの大変な現状とは裏腹に、ホッとするひとときと素晴らしく美味しいコーヒーを提供してくれる移動カフェ カミーノの高野さんだった。

陰ながら応援しています。
頑張ってください。

福島第一原発10km圏内の現状 [震災]

震災から5年。
福島の原発近辺の状況がどうなっているか自分の目で確認すべく行ったみた。

常磐自動車道を広野インターにて降りる。
すると放射線量がこの広野から南相馬までこのような値だという掲示板に表示されている。
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6号線を原発に向かい北上していく。
するとまずは「ここから1km先 帰還困難区域」との表示が。
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さらに行くと「この先 自動二輪車 原動機付自転車 軽車両 歩行者は通行できません」との大きな掲示板が。富岡町に入った辺り。
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ここからは車にて窓を閉めて通過のみが許されている領域になり緊張が走る。
家々の扉、窓には白い布が掛けられていて人影はなく、通りのパチンコ店、ホームセンター、携帯電話ショップも全て閉められていてゴーストタウンのよう。

放射線量は3.5マイクロシーベルト。
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大熊町に入っていくと、道の両側の家々の入り口が全てバリケードでガードされていて、入れなくなっている。
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6号線からの第一原発に近い交差する道は全て封鎖されていて、原発への道も許可証が無いと通行出来ない状況だった。

メディアで見るのと、現場を見たときのインパクトはかなり違い、異次元の世界が広がっているという印象だった。

日々、復興のために働かれている方々に感謝。
そして帰宅出来ず避難されている方々の状況、気持ちを考えると、簡単に語ることは出来ない複雑な気落ちになった。

震災6ヶ月後の被災地 [震災]

初日午後、仙台港北インターを降り、七ヶ浜街、塩竈市、松島、そして石巻市を廻ってきました。
結論としては、やはり海に近くもろ津波のパワーを受けたところの被害状況は凄く、木造の家は跡形もなく土台のコンクリートが虚しく残っています。
これは七ヶ浜町での写真です。
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それに比べ、塩竈市や石巻市の若干内陸の津波の直接のパワーを受けずに浸水だけの地域は、比較的復興が早く、普段の生活を取り戻しているように感じました。
石巻市国道398号の様子。
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また思った以上に被害が少なかったのは松島で、外海に対して幾つも点在する島々が松島への津波のパワーを軽減したことによるそうです。
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でも今回の短い滞在で最も印象的だったのは七ヶ浜町にお住まいの方との縁側対談でした。

七ヶ浜町を仙台方面から海岸線沿いに走っていくと徐々に崩壊した家々が見えてきて、花渕の港に近い場所でポツンと一軒津波に耐えたお宅が見えてきました。
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近づいてみるとそれは大成建設のコンクリート住宅パルコンで、廻りの家々が崩壊して土台しか残っていない中、しっかりと原型を留めています。
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お忙しいところお邪魔かと思いましたが、とにかく話を聞いてみようということで、声を掛けさせて頂いたところ、快く今の実情をお話して頂きました。

その方がお歳80ン歳の鈴木さんです。
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現在、高台に避難されていて、昼間だけこちらに戻ってこられているとのことです。
震災当日、津波は外洋側からの直接の津波と、塩竈、松島に津波が当たってからの反射してくる津波があり、実は家の北側(裏側)に当たるところがこの反射津波によってかなりのダメージを喰らったとのことでした。
家本体は無事でしたが、やはり北側の窓、雨戸、雨どい等がやられています。
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とにかく人と話したいんだということで、こうやって自分の話を聞いてくれること自体でも、それがその人にとっては励みになり、ボランティアで具体的に何をするでもなくても十分ですよとのことでした。

話を聞いていくうちに、まずは行政の決定の遅さ、そして住民同士の心の繋がりがここにきてギクシャクし出している現状が問題になってきていることを知らしめられることとなりました。

まずは、家の損壊状況の判断ですが、他県から行政の人たちがやってきて、全壊、半全壊、半壊の判断を一律に建物がどれくらい壊れているという指標ではなく、津波が家の中のどの高さまで浸水したかで判断しているとのことです。
具体的には、鈴木さん宅では家の1Fのリビングルームの壁の天井から少し下の部分までしか浸水していなかったため、半全壊と判断され、鈴木さんのお宅の道を挟んだ1階建てのお宅は、屋根の瓦の上の部分が津波で剥ぎ取られているため、これは全壊との判断だとのことです。
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これによって、一時補助金も半全壊の場合、全壊の約半分となってしまったとのことでした。
行政側も何らかの具体的指標にて決定していかなければならないのでしょうが、津波の来た方向、測定する場所によってその高さも違う、そして家の土台の高さによっても部屋の天井の高さは当然違うので、そこら辺の判断基準がそれぞれのケースで補助に対していい方向に働く場合とそうでない場合とがあり、かなり住民の方々は大変な思いをされているようです。

そして、テレビでも報道されている今後のことで、高台に町ごと移転するか、道路をかさ上げして、この土地に住むかという問題も、やはり行政側の判断が遅く、家を直すにも高台に移転するという決定がされてしまっては投資した分が無駄になるとのことで、直すに直せない状況があるとのことです。

またボランティアの方々が、毎日遠くは九州から来てくれているので、本当に感謝しているとのことでした。
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但し、せっかく来てもらっているのに問題は仮設トイレが近くにはなく、女子の大学生も来ているのにこれでは大変ということで、2Fのトイレをボランティアの方々に提供されているとのことでした。

このような温かい方がいる半面、高台の仮設住宅では、いろいろな方面からの方が集まってきているので、皆さん生きるため、仕事も決まらない方々がいる状況下、朝散歩している方、ご近所さんとの当たり前の挨拶が、こちらから挨拶しても挨拶の返事がない方が若干いることに嘆いておられました。
だから、避難している仮設住宅はそういうコミュニケーションがないので、日々あまり面白くないので、ボランティアの来られている昼間だけはお宅に帰っているとのことした。

このように、現実的に被災者の方々は、今後の住むところ、金銭的問題、さらに地域住民同士の気持ちの問題等が山積みになっている中、御苦労されていることを実感しました。
我々が何をコメントすることは出来ませんが、少しずつでも具体的にいい方向に向かって進んでいくことを切に願います。

東北巡り [震災]

この遅い夏休み、とにかく東北の被災地を目に焼き付け、微々たる支援で出来ることをやろうということで、3日間かけて、車で宮城県、岩手県、山形県、福島県を跨いで行ってきました。

日本酒にお世話になっている身として微々たる支援として、被災地の日本酒を廻りの人にも勧め、自分も飲むことくらいでしょうか。
ということで今回の旅のテーマは4つ。
それぞれ代表的な写真をまずは載せてみます。
1)被災地訪問
七ヶ浜、塩竈、石巻
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2)日本酒の酒蔵訪問
日高見:平孝酒造 宮城県 石巻市
萩の鶴:萩野酒造 宮城県 栗原市
雅山流:新藤酒造 山形県 米沢市
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3)ワインディングロード攻め
蔵王エコーライン
磐梯山ゴールドライン
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4)ちょっと観光
中尊寺金色堂
松島
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でも一番良かったことは、酒蔵のご主人達、被災地の方と少しの時間でも会話出来たことですかね。
「忙しいところご迷惑ではなかったですか?」と聞いたところ、皆さん「話を聞いてくれてありがとう。何よりも話すこと、話を聞いてくれる人がいることがひとつの支えになりますよ。」とのことでした。

詳細は後日ということで。

復興支援地図 [震災]

復興支援地図なるものが刊行されている。
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仙台のページを例にとると、オレンジ色の部分が津波浸水範囲として記載されている。
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この地図を見るだけで、津波の範囲がどれだけ広かったか、報道よりもさらに愕然とさせられる。

とにかくこの現実を目に焼き付けるために、明日より遅い夏休みだが現場に行ってみようと思っている。

ありがたや。 [震災]

先日のTeleconferenceにて、今、具体的に欲しいものは何かと聞かれ、「日本側としては計画停電のため懐中電灯と乾電池が欲しいところだが、在庫が無く買えなくなっている。もし送ってくれれば我々チームそれぞれの家でも非常に助かる。」と答えました。

そして、「ポジティブなマインドを持て!」と言ってくれたUSのカリフォルニアのエンジニアが、その日中に、沢山の懐中電灯と乾電池を送ってくれ、本日それらが到着しました。
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海の向こうからでも、直ぐに具体的にアクションしてくれる その心意気、本当に感謝です。






To have a positive mind! [震災]

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今回の地震で被害に合われた方々には、心よりお見舞い申し上げます。

昨日の朝の状況から、夕方そして夜中にTVで報道番組を見ていると、原発の問題が時々刻々と信じ難いフィクションドラマの如く、悪化していきました。
これら状況はインターネットが発達していることもあって、日本が寝ている深夜であっても最新情報が海外に流され、本日朝に会社の海外の連中とTeleconferenceをやったとき、逆に我々よりも良く知っていて驚かされました。

彼らからも沢山の励ましのメールをもらい、代表的なメールとして、ドイツ人からのものは以下のような内容でした。

Dear ___,

We all hope you and your family, relatives and friends are doing well.
It was not only physical impact to your country, but also mental impact to all of us.
Hopefully you will overcome this situation quickly and recover very soon.
I's sad that news now concentrate on nuclear events and seem to forgot the situation of ten thousands of victims.
We pray for you.
Please let me know if there is anything we can do.
Best regards
____ and family,
best regards,

各国、そして個人それぞれの日本に対する思いもあって人それぞれの表現がありましたが、真摯にありがたく受け止めさせてもらいました。

Teleconferenceの最後にUSのカリフォルニアのエンジニアがいいことを言っていました。

「ポジティブなマインドを持て!」でした。
「とにかく、USも1979年のスリーマイル島原子力発電所事故を経験しており、レベルの差こそあれちゃんと立ち直っている。
あまりネガティブに考えるな。
もっとユーモアな気持ちを持て。
俺はJapanese Sakeが飲めなくなってしまうことを気にしている。」
って、そこかよって感じですが、彼ららしい暖かい生の励ましで元気付けられます。


東北地方太平洋沖地震 [震災]

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昨日3時頃、韓国の金浦空港に着いて、ANAのカウンターに行くと、羽田空港が閉鎖されているとのことで、どうやら大きな地震があったらしいとの情報が周りから流れてきました。
そしてラウンジに行くとNHKのテレビにて生々しい津波のライブ映像が流れて、皆騒然。
日本に電話を掛けるもなかなか繋がりませんでしたが、4時半くらいの段階で繋がり始めました。
日本側の人達は、その時点で全く携帯同士が繋がらず初めての電話を受けたよとのことで、海外からのアクセスは少し規制を緩めているのかどうかは判りませんが、どにかく連絡が取り難かったことには変わりません。

さてその日中に日本に帰れるかといった状況で約1時間半遅れで金浦空港を出発。
羽田空港に何とか到着出来ました。
ところが高速は全て閉鎖、電車、モノレールも止まっており諦めた人達が通路で一夜を過ごす覚悟で毛布を支給されて横になっていました。
羽田空港の対応はかなり迅速のようで、備蓄用の毛布をその時点で大量に持ってきていました。
私は幸いにも車で来ていたので、下道で羽田空港を脱出。
但し空港周辺の道路も大渋滞。
ナビの混雑状況を見ながら渋滞を避けて、何とかその日中に帰ることが出来ました。

あまりに凄い惨事に、まだ大変な状況にある方々がどれほど苦しまれているか想像もつきませんが、少しでも生存者が発見されることを望みます。

しかしながら福島原発の放射能漏れ等、今まで経験したことのない近代社会の二次災害がこれから心配です。
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